Fv-clasp法による小型抗体の生産、シャペロン戦略による結晶化支援
がん進展に関わる肝細胞増殖因子(HGF)は6つのドメインからなるフレキシブルなマルチドメインタンパク質であり、これまでその全長構造はもちろん、受容体結合部位であるSPドメインとその上流のK4ドメインを含む断片も立体構造情報が得られていない。HGFの前駆体型から成熟型への変換メカニズムを解明したいというがん生物学者からの依頼に応じ、このタンパク質の結晶構造解析を支援した。まず複数の抗HGFモノクローナル抗体を作成し、それらをFabもしくはFv-claspの状態で「結晶化シャペロン」として用いることで、下図のように複数のHGF断片の立体構造を決定することに成功した。
Fv-claspは,VHとVLのC末端に抗体とは全く関係のないヒトMst1という分子が持つSARAHドメインを融合したものである。SARAHドメインの立体構造は2007年に最初に報告されたが,これが実に都合の良い構造だった。SARAHドメインは短長2本のαヘリックスのみで構成され、そのうち長いヘリックスが逆平行のコイルドコイルを形成し二量体構造を作る。N末端側の短いヘリックスは特定の角度で折れ曲がっており、二量体構造中のN末端間の距離は、VHとVLのC末端間の距離とほぼ一致した。そこで我々は、VHとVLそれぞれのC末端にSARAHドメインの配列を融合し、さらに2本のポリペプチド鎖の間にジスルフィド結合を導入することでFvの構造の安定化を試みた。“Fv”をSARAHドメインという“留め金(clasp)”で安定化させていることから、このフォーマットを「Fv-clasp」と名付けた。これまでにヒト、マウス、ラット由来の20種以上の抗体について大腸菌発現系(巻き戻し)によるFv-claspの調製を試みたが、全てにおいて単一のプロトコルで簡単に調製することができた。しかもこれらの中には、scFvの調製ができない抗体が含まれていることも注目すべき点である。さらに、Fv-claspは抗原結合活性を保持しているのはもちろんのこと、対応するscFvと比べて4°C~11.5°Cも高い変性温度(Tm値)を示した。また,結晶化実験においてもFv-claspはFabやscFvと比べて優れた性質を示し(下図)、Fv-claspは非常に均一な立体構造を有していることが示唆された。